作陶家・正司朋子

プロフィール

昭和32年(1957年)誕生 青森生まれの、横浜育ち
昭和57年(1982年)陶芸家の平野トシ子に師事
平成 7年(1995年)鎌倉市雪の下に萌窯(もゆるがま)を開く

陶芸の道へ

制作風景私は平野トシ子先生との出会いによって、思いがけずに陶芸の世界に入りました。平野先生は女流陶芸家のはしりの方で、伝統工芸会の初の女性会員の三人の内の一人です。初めてお会いした時に、おもしろいおばあさん先生だなと思いました。

1982年に朝日カルチャーセンター横浜がオープンし、その時、平野先生が主宰されていた「北鎌倉窯」がカルチャーセンターの協力施設となりました。私はカルチャーセンターの一期生でした。会社勤めも遊びも十分に楽しんでいた1987年、会社の希望退職募集にふいとのっかり、勤めをやめてしまいました。

1年間遊び暮らすつもりが、平野先生から「ちょっと手伝え」と言われ、ずっぽり両足をつっこんで今に至っています。
平野先生は1994年に亡くなられ、この年の12月に北鎌倉窯は閉じました。

萌窯の発足

陶芸にどっぷり浸かっていた私は、何とか自分で窯を立ち上げたいと願い適当な家を探していました。
・駅から歩けること
・地面があること
・雨風がしのげる屋根と壁があること
などが条件で何人かの方に声を掛けていたところ、この家が見つかりました。最初は1~2年の約束で一階だけをお借りして、1995年に萌窯が発足しました。
※「萌窯」とは

作陶家として

私は最近、先人の作品を拝見して触発されることがよくあります。いろいろな先人の作品にふれて、おおらかな作品には特に惹かれます。自分もそういう作品を創ってみたいと思うことがあります。今、私が興味を持って取り組んでいるのは北宋の時代(西暦約900年~1100年)の茶碗です。そして、その茶碗に触発された「新たな茶碗の創造」です。これからの私の萌芽がこの中にあるような気がしていくつかの茶碗を創り始めました。
このシリーズで、私の新たな創造の世界が拓かれそうな予感がします。

正司朋子作北宋時代の茶碗

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